伊吹山麓の薬草の普及に取り組む人/谷口 康さん

標高1377m、滋賀県と岐阜県の県境に立つ伊吹山は古くから霊峰として知られ、『古事記』や『日本書紀』にも登場します。織田信長は、この地に薬草園をつくったとされています。

「伊吹山の植物はおよそ 1300種あります。その中で薬草と呼ばれるものは280種。他の草も効果・効能がわかっていないだけで、薬草はもっとあるでしょう。伊吹山は薬草の宝庫なんです。」

教えてくださったのは谷口康さん。京極氏一族の遺跡が残る上平寺集落で営農組合代表をつとめています。令和6年1月、仲間とともに「伊吹山麓薬草研究会」を立ち上げました。

「シカの食害による荒廃、局地的な豪雨による土砂崩れ、美しい伊吹山の姿が変わりつつあります。再生に向けて県や市が対策を講じる中、地元として何かできないかと考え、古来から伊吹山麓には薬草が多いことから、生産や加工、販売を通じて利益を生み出しながら薬草の普及に努めたいと思ったのがきっかけです。」

谷口さんは伊吹薬草の里文化センターに勤め、薬草園の管理に携わっています。その知識をいかしながら、薬草の復活になればと考えています。シカによる食害が土砂崩れを引き起こしているのだとか。

「伊吹山は石灰岩でできています。表土が少なく、岩や石だと植物が育ちません。何度も食害にあうことで草は枯れ、再生が難しくなっています。シカなどが草を食べつくすことで山の地肌があらわれ、土砂崩れが起こりやすい環境になっているのです。」

「伊吹山麓の米原、長浜、揖斐川(岐阜)に住む会員 8 名が薬草を育てています。できたばかりの団体で、今は種まきの状態。賛助会員を募り、講演会やワークショップなどのイベントを年間 4〜5 回開催して、活動に関心のある人や薬草づくりをしたい人を増やしている段階です。」

賛助会員は年会費1,000 円で運営費用にあてられます。賛助会員になると特典としてイベント保険の免除があります。
参加するのは薬草についての知識を得たい人や、すでに自宅で薬草を作っている人。イベントを通じて薬草や作付け工程について学んだり、薬草を使った入浴剤やアロマづくり、薬草の使い方などを教えてもらえます。
参加者の中には関東など県外や、これから自分で始めたい人もいるそうです。

「興味を持って集まってくれるのは、伊吹が薬草の里だからこそ。イブキと名がつく草花も多く、薬草関係者からすれば伊吹は大きな薬草の産地。ブランドなんです。」

広大な薬草畑にミヤマトウキ、ヤマトトウキ、ヨモギ、ゲンノショウコ…いろんな種類の薬草が同じところに植えられていました。

「薬草を草と共生させているんです。ほっておくと草に負けてしまう。そのバランスがむずかしいです。手入れをしすぎると乾燥してしまう。水分が必要になる。こんな時はこうする。自然がお手本です。手間はかかりますが、シーズンを通して育てていくのが大切です。」

「それは農作物と同じこと。同じものだけを植えると収穫は楽だが、害虫にあいやすい。土地がやせて肥料が必要になる。いろんなものを植えることでウィンウィンの関係を保っているんです。」

なるほど。うなづけます。
自然界の草花は虫がいるのに枯れることなく毎年姿を見せる。それは相性がいいから。自然界のメカニズムです。

「ここ2〜3年はよもぎ蒸しが人気で、よもぎの問い合わせが多いです。よもぎは多くの人が知る身近な薬草。漢方や食品、化粧品、お茶など幅広い用途があります。求められるには安定的な供給が必要。そのためにも薬草をつくる人の輪を広げているのです。薬草が育つ環境や過程のことを考えて、広く伊吹山麓での薬草栽培としました。」

課題は後継者不足と語る谷口さん。地域に住む人は高齢者が多く、薬草の植生に関わることは望めません。
谷口さんは営農組合にも関わっていますが、大きな機械を操作できる人はわずか数名です。

「山や田、畑といった土地はありますが、後継者がいないのが現状。若者は外へ出ていき、農地は荒れ放題…。耕作放棄地になれば獣被害にもつながります。
今、伊吹山ではシカの数が適正数の10倍いると言われています。昔は雪が降り、冬の間にシカも淘汰されていました。しかし、温暖化で生き延び、食べるものがなく食害を引き起こす。そんな悪循環を生み出しているのです。」

幸い薬草の獣害はありません。今や人生 100 年時代、健康ブームにも乗り日本の漢方製剤の市場は拡大傾向にあり、薬草を取り巻く環境は明るいと谷口さんは語ります。

「生薬の国内産自給率は 16%、その多くが中国の輸入に頼っています。近年では輸入価格の高騰を受け、安定的な供給が求められ、国内での生産に切り替える方向で国も支援に乗り出しています。」

「伊吹は薬草の産地です。平安時代からの歴史もあります。伊吹の薬草ブランドを前面に押し出して先駆けとなり、無農薬や有機肥料、オーガニックにこだわった安心・安全・高品質で信用される伊吹ブランドの薬草を展開していきたいと考えています。そのためにも同じ思いを持った人がつながり、途絶えることなく、伊吹の薬草の文化やノウハウを伝えたいと思っています。」

「薬草づくりは、手間はかかりますが、決してむつかしいものではありません。
つくり方は、インターネットでも紹介され、誰でもつくることができます。しかし、たずさわってみないと、かかわってみないとわからないものです。」

「夏の暑い日の草刈り、水やり…。自然は、思い通りにいかないこともあります。子どもと一緒、育ててみないとわかりません。一歩踏み出して土と戯れる。その繰り返しですが、何も話さない自然だからこそ気づかせてくれるものがあります。楽しみは自分で見つけます。
ちょっとした達成感がうれしく、今につながっています。一歩踏み出したい人は、挑戦してください。若い方大歓迎です。」

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